国土交通省の令和2年度予算概算要求が8月28日に公表されました。国土交通省は国土計画、まちづくり、道路・河川・鉄道・港・水道などの整備、気象業務、海上の安全確保などを担当する官庁です。令和2年度予算の概算要求はどのような内容だったのでしょうか。さっそく調べてみたいと思います。
この記事の目次
令和2年度の要求額
国土交通省の一般会計要求総額は7兆101億円で、昨年予算の1.18倍となりました。そのうち公共事業関係費として6兆2699億円を上げており、頻発する大規模自然災害に対する防災・減災対策、老朽化対策などに力を入れています。
令和2年度予算概算要求における重点事項は以下の通りです。
1、被災地の復旧・振興
2、国民の安全・安心の確保
3、生産性と成長力の引き上げの加速
4、豊かで暮らしやすい地域づくり
それではどのような事業・施策に関する要求がされたのか、1つずつみていきましょう。
1、被災地の復旧・振興
災害で壊れた道路や川の堤防、そのほかの公共施設を復旧させるのはまちづくりを担う国土交通省の重要な役割です。この項目では東日本大震災からの復興を着実に推進し、近年相次いで発生している大規模自然災害に対しては、基幹インフラの復旧等を進めるとしました。
●東日本大震災からの復興・創生
●大規模自然災害からの復旧・復興
【東日本大震災からの復興・創生】
※復興庁計上
・住宅再建・復興まちづくりの加速:0.1億円
・インフラの整備:2500億円
・被災地の公共交通に対する支援:7億円
・被災地の観光振興:34億円
東日本大震災からの復興・創生の取り組みとして、被災地における住まいの再建や復興まちづくりを着実に進めること、被災地の発展の基盤となるインフラの整備を進めていくことなどが上がっています。「被災地の公共交通に対する支援」については人々の暮らしを支えるバス交通等の支援を継続して行うとしました。また「被災地の観光振興」では地域の発案によるインバウンドの取り組みを支援して、地域の魅力を海外へ発信することや、福島県の震災振興にかかわる国内観光関連の事業を支援するとしています。
2、国民の安全・安心の確保
この度の台風15号の影響で、今もまだ停電が続いている地域が存在します。(9月11日現在)近年相次いで発生している大規模自然災害では生活への影響も大きく、対応を進めることが求められています。そこで、「防災意識社会」への転換に向けてハード・ソフト一体となった防災・減災対策、国土の強靭化を進めていくとしました。
そのほか、交通の安全・安心の確保に関する予算などが上がっています。
●社会全体で災害リスクに備える「防災意識社会」への転換に向けた防災・減災対策、国土強靭化の取り組みの加速・深化
●将来を見据えたインフラ老朽化対策の推進
●交通の安全・安心の確保
●地域における総合的な防災・減災対策、老朽化対策等に対する集中的支援(防災・安全交付金)
●戦略的海上保安体制の構築等の推進
以下、抜粋して記載します。
※計数は令和2年度概算要求額、( )内は前年度予算額に対する倍率です。
【社会全体で災害リスクに備える「防災意識社会」への転換に向けた防災・減災対策、国土強靭化の取り組みの加速・深化】
・「水防災意識社会」の再構築に向けた水害対策の推進:5623億円(1.30倍)
・集中豪雨や火山噴火等に対応した総合的な土砂災害対策の推進:1167億円(1.23倍)
・南海トラフ巨大地震・首都直下地震対策等の推進:1999億円(1.42倍)
・密集市街地対策や住宅・建築物の耐震化の促進:197億円(1.12倍)
・災害対応能力の強化に向けた防災情報等の高度化の推進:17億円(2.11倍)
・災害時における人流・物流の確保:3824億円(1.26倍)
これからは「事前防災」が重要との観点から、社会全体で災害リスクに備える取り組みを行うための予算を求めています。たとえば、水害対策では気候変動による豪雨の頻発等を踏まえて、河川整備計画の見直しの推進や、洪水氾濫を未然に防ぐための堤防のかさ上げや浸透対策の強化、避難路・避難場所の安全対策の強化等が上がっています。
出典:国土交通省 令和2年度予算概算要求概要
https://www.mlit.go.jp/page/content/001304349.pdf
そのほか、「南海トラフ巨大地震・首都直下地震対策等の推進」では、想定される被害特性に合わせた対策を行うとし、救助・救急ルートの確保等の応急対策や、施設の耐震化等の予防的対策が上がりました。また、3824億円の予算を計上した「災害時における人流・物流の確保」では、災害発生時でも陸上・海上・航空輸送ルートが確保されるような体制の構築と、地震、豪雨、豪雪等を想定した防災対策を推進するとしました。
【将来を見据えたインフラ老朽化対策の推進】
・将来を見据えたインフラ老朽化対策の推進:5827億円(1.19倍)
国内のインフラの老朽化が進むなかで、個別施設ごとの長寿命化計画の策定を2020年までに目指しています。インフラに不都合が生じてから対策を行う「事後保全」ではなく、不都合が生じる前に対策を行う「予防保全」(計画的なメンテナンス)への転換を図り、費用の平準化・縮減を進めたい考えです。そのほか新技術の現場への導入による作業の省人化・効率化などを上げています。
【交通の安全・安心の確保】
・公共交通等における安全・安心の確保:8億円(2.31倍)
・踏切や通学路等における交通安全対策の推進:1619億円(1.20倍)
相次ぐ未就学児や高齢運転者が関わる痛ましい事故を受けて、交通安全対策に力を入れていきます。歩道の設置・拡充、防護柵の設置等の安心安全な歩行空間の整備、生活道路エリアへのハンプ等の設置による速度抑制などを計画しています。また、高齢運転者対策として安全運転サポート車の普及、高齢者の移動手段の確保などが上がりました。
【地域における総合的な防災・減災対策、老朽化対策等に対する集中的支援(防災・安全交付金)】
・地域における総合的な防災・減災対策、老朽化対策等に対する集中的支援(防災・安全交付金):1兆2611億円(1.21倍)
これは地方公共団体等が行う総合的な防災・減災対策、老朽化対策等に対する支援で「防災・安全交付金」と呼ばれるものです。この交付金制度はこれまでの道路、河川などに対する個別補助金を原則廃止し一本化したもので、地域が抱える政策課題を自ら抽出して整備計画をたてることができるため自由度が高く、使い勝手の良い制度となっています。「インフラ老朽化対策」、「事前防災・減災対策」、「生活空間の安全確保」を集中的に支援します。
出典:国土交通省 防災・安全交付金の概要
https://www.mlit.go.jp/common/001292246.pdf
【戦略的海上保安体制の構築等の推進】
・戦略的海上保安体制の構築等の推進:1457億円(1.28倍)
「海上保安体制強化に関する方針」に基づく体制強化、海洋状況把握(MDA)の能力強化に向けた取り組みなどによって、戦略的海上保安体制の構築等を進めるとしました。
3、生産性と成長力の引き上げの加速
重点事項の3つ目では、今後人口が減少していくことは不可避としても、それ以上に生産性を向上していくことで経済の成長を続けていくことができるとし、生産性と成長力の引き上げの加速につながる取り組みを重点的に上げています。また、ストック効果(整備された社会資本が機能することにより中長期的に得られる効果)を重視した社会資本整備も戦略的に推進していきます。そのほか、観光の発展が持続的なものとなるような施策の実施、建設業、運輸業、造船業における働き方改革の促進などが上がりました。目前に迫ったオリンピックの成功に向け、セキュリティ・防災対策の強化、ユニバーサルデザインの強化なども上がっています。
●ストック効果を重視した社会資本整備の戦略的な推進
●観光先進国の実現
●民間投資やビジネス機会の拡大
●現場を支える技能人材の確保・育成等に向けた働き方改革等の推進
●2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会等における対応
額の大きいものなど、抜粋して以下に記載します。
【ストック効果を重視した社会資本整備の戦略的な推進】
・効率的な物流ネットワークの強化:5106億円(1.38倍)
大都市圏環状道路等の整備やピンポイント渋滞対策等を併せて推進し、交通渋滞の緩和等による迅速で競争力の高い物流ネットワークの実現を図るとしています。ほかにも
航空ネットワークの充実:259億円(1.37倍)
鉄道ネットワークの充実:182億円(1.22倍)
国際コンテナ戦略港湾の機能強化:732億円(1.39倍)
などが社会資本整備の戦略的な推進として上がっています。
【観光先進国の実現】
・観光の持続的な発展に向けた施策の着実な推進:422億円(1.32倍)
・国際観光旅客税を活用したより高次元な観光施策の展開:520億円(1.07倍)
日本経済を支える産業へと成長しつつある観光の発展が持続的なものとなるよう、魅力の発信や観光資源の活用といった施策を推進していく考えです。観光資源を活用した誘客促進として、観光地域づくり法人(DMO)が中心となって実施する、広域周遊観光促進の取り組みへの支援が上がっています。
そのほか「訪日外国人旅行者の受入環境の向上」に予算を要求しており、令和2年度も「訪日外国人旅行者受入環境整備緊急対策事業」や「宿泊施設バリアフリー化促進事業」、「基本的ストレスフリー環境整備事業」などの補助金があることが期待されます。
【現場を支える技能人材の確保・育成等に向けた働き方改革等の推進】
・建設業、運輸業、造船業における人材確保・育成、物流の生産性向上:43億円(1.24倍)
・オープンデータ・イノベーションによるi-Constructionの推進:28億円(1.51倍)
建設業、運輸業、造船業の現場を支える技能人材の確保・育成や生産性向上のため、処遇改善、教育訓練の充実、外国人の活躍促進等の働き方改革等を推進していく考えです。また人手不足が顕著な建築業界ではICT等の全面的な活用により建築現場の生産性向上を図る「i-Construction」を進めていくとしています。
4、豊かで暮らしやすい地域づくり
最後の重点事項は豊かで暮らしやすい地域づくりです。住む場所や都市機能が一定範囲に集まり、徒歩で生活ができるようなコンパクトシティや、新技術やビッグデータを活用したスマートシティの推進が上がっています。また、空き家や空き地等の有効活用の推進も計画され、魅力ある地域づくりの取り組みに対して要求が行われています。
●コンパクト・プラス・ネットワーク、スマートシティ、次世代モビリティの推進による持続可能な地域づくり
●個性・活力のある地域の形成
●安心して暮らせる住まいの確保と魅力ある住生活環境の整備
●豊かな暮らしを支える社会資本整備の総合的支援
額の大きいものなど、抜粋して以下に記載します。
【コンパクト・プラス・ネットワーク、スマートシティ、次世代モビリティの推進による持続可能な地域づくり】
・コンパクトシティ・スマートシティの推進:242億円(1.33倍)
・道路ネットワークによる地域・拠点の連携:3299億円(1.15倍)
・利便性が高く持続可能な地域公共交通ネットワークの実現:316億円(1.25倍)
「コンパクトシティの推進」として効果的な立地適正化計画を策定する地方公共団体への支援の強化、生活に必要な都市機能を誘導するための民間事業者等に対する支援の強化が上がりました。
また「道路ネットワークによる地域・拠点の連携」では、個性ある地域や小さな拠点を道路ネットワークでつなぐことで、広域的な経済・生活圏の形成につながるとし、インバウンド対応や防災拠点としての機能強化等「道の駅」の新たなステージの検討が含まれています。
さらに、「利便性が高く持続可能な地域公共交通ネットワークの実現」には、日本版MaaS(マース)等の次世代モビリティの推進が上がりました。全国どこでも利用できるMaaSを実現し、あらゆる人が移動しやすい社会を目指すとのことです。
【個性・活力のある地域の形成】
・地域資源を活かしたまちづくりの推進:418億円(1.21倍)
・空き家、空き地、所有者不明土地等の有効活用の推進:81億円(2.03倍)
・バリアフリー・ユニバーサルデザインの推進:96億円(1.97倍)
・離島、奄美群島、小笠原諸島、半島等の条件不利地域の振興支援:61億円(1.17倍)
・「民族共生象徴空間(ウポポイ)」を通じたアイヌ文化の振興等の促進:14億円(1.43倍)
個性・活力のある地域の形成の一環として、空き家や空き地の有効活用が上がりました。
そのなかに「市町村が行う空き家の活用や除却等の総合的な支援」も含まれていますので、空き家再生等推進事業は今後も行われるものと思われます。
【安心して暮らせる住まいの確保と魅力ある住生活環境の整備】
・既存住宅流通・リフォーム市場の活性化:140億円(1.41倍)
・若年・子育て世帯や高齢者世帯が安心して暮らせる住まいの確保:1331億円(1.27倍)
・省エネ住宅・建築物の普及:360億円(1.16倍)
こちらは誰もが安心して暮らすことができる住宅や地域全体で子どもを育むことができる住生活環境の整備に予算を要求しました。「省エネ住宅・建築物の普及」では2030年度のCO2削減目標の達成に向けて住宅・建築物の省エネ対策を充実していく方向で、先導的な省エネ建築物等の整備の促進や既存建築物等の省エネ改修等への支援の強化、との記載がありました。そこから「既存建築物省エネ化推進事業」の継続が読み取れますが、どのような強化がなされるのかが注目されます。
【豊かな暮らしを支える社会資本整備の総合的支援】
・豊かな暮らしを支える社会資本整備の総合的支援:1兆37億円(1.20倍)
これは地方公共団体等が行う成長力強化や地域活性化等につながる事業を支援する「社会資本整備総合交付金」と呼ばれるものです。国土交通省所管の地方公共団体向け個別補助金を一つの交付金に原則一括し、自由度が高く創意工夫を活かせる総合的な交付金として平成22年に創設されました。地方公共団体等のコンパクト・プラス・ネットワークの推進や、子育て世帯や高齢者に対応した地域づくりなどの取り組みを支援します。
まとめ
国土交通省の令和2年度予算概算要求では「被災地の復旧・振興」、「国民の安全・安心の確保」、「生産性と成長力の引き上げの加速」、「豊かで暮らしやすい地域づくり」に関する取り組みに対し要求を行っていました。
なかでも安全・安心の確保として、防災・減災対策、老朽化対策等に力を入れていることがうかがえました。8月の佐賀県の豪雨や先日関東に上陸した記録的暴風の台風15号は記憶に新しいところですが、近年、災害の頻発、激甚化が指摘されています。このような背景から平成30年12月に「防災・減災、国土強靭化のための3か年緊急対策」が閣議決定され、特に緊急に実施すべき対策をソフト・ハードの両面から集中的に取り組むことになりました。国土交通省ではこの3か年緊急対策後も見据えて、災害時に命を守り暮らしと経済を支える取り組みの加速化・深化を図る考えのようです。
また、成長力を支える社会資本の整備やビッグデータなどの新技術の活用を推進し、生産性と成長力の引き上げを加速していく事業も上がっていました。さらに、地方創生の推進により豊かで暮らしやすい地方をつくり出し、地域住民の生活の質を向上させる取り組みも計画されています。
国土交通省の予算概算要求では、国民の安全・安心や豊かな暮らしを確保し、経済成長を図ろうとする取り組みがみられました。1月にどのような閣議決定がなされるのか、注目してみていきたいと思います。
参考:令和2年度国土交通省予算概算要求概要
https://www.mlit.go.jp/page/kanbo05_hy_001854.html