
近年、カスタマー・ハラスメント(以下、カスハラ)が社会問題として取り上げられ、企業にとって重要な課題となっています。過度なクレームや暴言、執拗な要求が業務の妨げとなるだけでなく、従業員の精神的・身体的負担を深刻化させるケースも増えています。
こうした状況を受け、東京都は、公正で持続可能な社会の実現を目指し、「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(令和7年4月1日施行)を制定しました。この条例に基づき、企業が適切に対応できるよう「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」を策定し、具体的な対策や対応の指針を示しています。
本記事では、東京都のガイドラインの概要をはじめ、活用できる支援制度について解説します。
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この記事の目次
カスハラの現状と増加傾向 厚生労働省調査が示す実態
令和5年度 厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、各種ハラスメントの相談件数の推移を分析した結果、「顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマー・ハラスメント)」に関しては、「件数は変わらない」との回答が最も多く、次いで「件数が増加している」との回答が「減少している」を上回りました。
他のハラスメント(パワハラ、セクハラ、育児・介護休業に関連するハラスメントなど)については、「件数は変わらない」または「減少している」と回答する企業が多かったのに対し、カスハラのみ「増加している」との回答が「減少している」を上回ったことが特徴的です。
この調査結果は、カスハラが依然として深刻な問題であり、企業における適切な対策の必要性が高まっていることを示しています。
参考:厚生労働省 令和5年度 厚生労働省委託事業職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)
東京都のカスタマー・ハラスメント防止指針(ガイドライン)とは?
東京都は、2025年4月1日施行の「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」に基づき、カスハラ対策の基本方針を示す指針(ガイドライン)を策定しました。本指針は、次の事項を定めています。- カスタマー・ハラスメントの内容に関する事項
- 顧客、就業者、事業者の責務に関する事項
- 都の施策に関する事項
- 事業者の取組に関する事項
それぞれみていきます。
カスタマー・ハラスメントの内容に関する事項
【カスタマー・ハラスメントの禁止】
東京都では「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」と定めています。これは、都民に限らず、企業間取引における法人の意思を背景としたハラスメントも含まれます。また、カスハラは店舗や窓口だけでなく、電話・インターネット上でも発生し得るため、幅広く禁止されています。
違反した場合の罰則は設けられていませんが、カスハラ行為が刑法や民法などの法律に抵触する場合は、処罰や損害賠償請求の対象となる可能性があります。
【カスタマー・ハラスメントの定義】
カスハラは以下3つの要件をすべて満たす場合に該当します。
2.業務に関連して行われる著しい迷惑行為であること
3.就業環境を害するものであること
特に「著しい迷惑行為」とは、暴行・脅迫といった違法行為だけでなく、過度な要求や暴言などの不当な行為も含まれます。例えば、大声で怒鳴りつける、長時間拘束する、土下座を強要するなどが該当します。
また、「就業環境を害する」とは、就業者の人格や尊厳を侵害し、精神的・身体的苦痛を与えることで、業務遂行に支障をきたす状態を指します。
【顧客等への配慮】
正当なクレームは業務の改善につながるため、不当に制限されるべきではありません。そのため、以下の点に配慮が必要です。
- 適切な情報提供や苦情対応を行う
- 誤解を防ぐため、契約条項を明確にする
障害者や認知症の方への合理的配慮
- メニューや案内を分かりやすくする
- 移動や意思伝達をサポートする
表現の自由とのバランス
- 憲法に保障された表現の自由がある一方で、他者の権利を侵害する行為は制限されるべきである
顧客、就業者、事業者の責務に関する事項
カスハラの防止には、顧客・就業者・事業者のそれぞれが適切な役割を果たすことが重要です。本指針では、各主体の責務を明確にしています。
【顧客等の責務】
カスハラの防止には、顧客自身の意識改革が欠かせません。特に、社会的に問題視されるようになったカスハラについて、どのような行為が該当するのかを理解し、適切な対応を心がけることが求められます。
顧客等は、従業員と対等な関係であることを認識し、不当な要求や威圧的な態度を控えることが大切です。
【就業者の責務】
カスハラの被害を受ける可能性がある就業者は、自らを守るための知識を身につけるだけでなく、職場全体でカスハラの未然防止に貢献する責務があります。まず、カスハラが生じる社会的背景や、どのような行為がカスハラに該当するのかを理解し、関心を持つことが必要です。特に、被害を受けた際の適切な対応方法や相談先について把握しておくことで、万が一の際にも冷静に行動できます。
加えて、事業者が実施するカスハラ防止の取り組みに積極的に協力する姿勢も求められます。カスハラ防止のための研修やマニュアルを活用し、報告・相談体制を遵守することで、職場全体でのカスハラ対策の実効性が高まります。
【事業者の責務】
事業者は、顧客等からのカスハラを防止するため、主体的かつ積極的に取り組む責務があります。その際、雇用関係の有無にかかわらず、事業に関わるすべての就業者を同等に保護しなければいけません。たとえば、派遣労働者や無償ボランティア、インターンシップ生、フランチャイズ加盟店の従業員なども、カスハラの被害に遭わないよう、雇用契約を結んでいる従業員と同様に守る必要があります。
また、カスハラの発生は、被害を受けた従業員の意欲低下を招くだけでなく、職場全体の生産性低下や職場環境の悪化を引き起こし、最終的には事業活動の継続に深刻な影響を及ぼす可能性があります。事業者は、こうしたリスクを未然に防ぐため、自社の業務内容や職場環境に即した効果的な対策を講じる必要があります。従業員が安全で安心して働けるよう、マニュアルの整備や研修の実施、相談・報告体制の確立など、積極的な取り組みが求められます。
都の施策に関する事項
東京都は、カスハラの防止を目的として、条例に基づいた多面的な施策を進めています。
都の関係部署や都内の区市町村と連携し、条例の基本理念や対策内容を多様な媒体を通じて周知します。さらに、被害発生時の就業環境や事業経営への影響に関する相談に対応し、必要な助言や支援を行います。加えて、消費生活に関するトラブル対応や、メンタルヘルス対策として就業者の安全・健康を支援する窓口も設置し、事業者・就業者双方が安心して働ける環境づくりを進めていきます。
事業者の取組に関する事項
事業者がカスタマー・ハラスメント対策として実施すべき主な取り組みは次のとおりです。
- 基本方針の明確化と周知:対策に関する基本方針を定め、就業者や外部に周知する。
- ハラスメント禁止の明確化:自社就業者が立場の弱い取引先等に無理な要求をしない、させないこと、他の事業者の就業者に対してもハラスメントを起こさないとのメッセージを社内で周知する。
- 相談窓口の設置:被害を受けた就業者が相談できる窓口を設け、全員に周知する。
- 相談対応の適正化:担当者が適切に対応できるよう、必要な教育・体制を整備する。
- 相談者のプライバシーの保護:相談者のプライバシーを守るための措置を講じ、就業者に伝える。
- 不利益取扱いの禁止:相談を理由とした不利益な扱いを禁止し、その方針を周知する。
- 初期対応の準備:現場でのカスハラへの初動対応に関する手順を事前に作成し、共有する。
- 内部連携の手順整備:本社・本部との連携が必要な場合に備え、報告や指示の手順を定める。
- 事実確認と対応:事案発生時には、事実関係を正確に確認し、適切に対応する。
- 就業者の安全確保:被害を受けた就業者の安全を守るための措置を講じる。
- 就業者の精神面及び身体面への配慮:カスハラを受けた就業者の精神面・身体面のケアやサポートを実施する。
- 教育・研修の実施:顧客等からの迷惑行為や悪質なクレーム等への対応スキルを身につけるため、定期的な研修を行う。
- カスハラ再発防止の取り組み:事案を教訓とし、再発防止のために継続的な見直し・改善を実施する。
東京都の支援策
東京都は、事業者がカスハラ対策を実施しやすくするため、以下の支援策を用意しています。
1.TOKYOノーハラ企業支援ナビ
「TOKYOノーハラ企業支援ナビ」では、カスハラに関する基本情報や具体的な対応策、企業向けの相談窓口などを提供。企業が実践的な対策を取れるようサポートしています。
2.カスハラ対策を実施する中小企業への奨励金支給
東京都は、カスハラ防止マニュアルを作成し、カスハラ防止のための対策を講じた中小企業に対し、40万円の奨励金を支給する制度を導入する予定です。
【奨励金の対象となる取り組み】
カスハラ防止対策に関する手引きを提出し、以下のうち1つに取り組みます。
- 録音・録画環境の整備
- AIを活用したカスタマー対応システムの導入
- 外部人材の活用
これらの対策を実施することで、従業員の負担を軽減し、より安全な職場環境を構築することができます。
まとめ
東京都が策定したカスタマー・ハラスメント防止指針は、社会全体でカスハラを防止し、従業員の安全と企業の健全な運営を守るための重要なガイドラインです。
企業にとって、カスハラへの対策は今や避けて通れない課題となっています。実践的な防止策を進めることで、従業員が安心して働ける職場環境を整えることができます。また、東京都が設ける奨励金制度や相談窓口を活用することで、負担を抑えながら効果的な対策を導入することが可能です。
カスハラに対する社会的な関心が高まっている今こそ、企業全体で意識を共有し、対策を強化していきましょう。