2024年から開始される新NISAをはじめ、投資による節税や資金運用が注目を集めています。2022年度の全国上場企業の株主分布状況調査では、金額ベースでみた個人の保有比率は17.6%と、2年ぶりに上昇したことも明らかになりました。
こうした個人投資家からの投資をスタートアップへつなげようと、経済産業省では優遇措置として、エンジェル税制を設置しています。今回はエンジェル税制の詳細や活用事例について、お伝えします。
▼▼▼日々配信中!無料メルマガ登録はこちら▼▼▼
メルマガ会員登録する
この記事の目次
エンジェル税制とは
エンジェル税制とは、スタートアップへ投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を行う制度です。まずはエンジェル税制の詳細について見ていきましょう。
概要
エンジェル税制では、個人投資家が投資を行った場合、投資時点と売却時点の両方で税制上の優遇措置を受けることができる制度です。令和2年にはベンチャー企業要件の改正等が行われ、令和5年度の改正では設立間もないスタートアップへの投資、自己資金による起業が非課税措置の対象となりました。
投資時点での優遇措置
投資時点では、以下の「起業特例」「優遇措置A・A-2」「優遇措置B」「プレシード・シード特例」の4つの優遇措置が適用されます。それぞれの内容は、以下のとおりです。
起業特例
自ら保有する株式を売却してスタートアップを起業する場合、その設立時の出資額を株式譲渡益から控除し、非課税とします。控除額に上限はありません。ただし、非課税となるのは20億円の出資までです。それを超える分は、課税繰延となります。
優遇措置A
対象企業への投資額から2000円を引いた額を、その年の総所得金額等から控除できます。ただし、控除対象となる投資額の上限は、800万円と総所得金額等×40%のいずれか低い方です。
優遇措置A-2
プレシード・シード特例のスタートアップ要件を満たした場合、優遇措置Aの要件のうち、外部資本要件が緩和されます。優遇の内容は優遇措置Aと同様です。
優遇措置B
スタートアップが起業特例の要件を満たす場合、設立年12月31日までに個人投資家が行った投資に対しては、優遇措置Bの適用が可能です。対象企業への投資額全額が、その年の株式譲渡益から控除できます。投資額の上限はありません。
プレシード・シード特例
事業化前段階(プレシード・シード期)の企業への投資額を、その年の株式譲渡益から控除します。控除された金額は非課税となります。ただし、非課税となるのは20億円の出資までです。それを超える分は、課税繰延となります。
エンジェル税制のイメージと投資時点の優遇処置については、以下の図も参照してください。
参考:経済産業省 エンジェル税制
株式売却時点:譲渡損失の繰越控除
エンジェル税制では、株式の売却時における譲渡損失の繰越控除にも優遇があります。内容は、以下のとおりです。
■未上場スタートアップ株式の売却により生じた損失を、他の株式譲渡益と通算 (相殺) ができる
■その年に通算しきれなかった損失については、翌年以降3年にわたって、順次株式譲渡益と通算(相殺)ができる
なお、スタートアップが上場しないまま、破産・解散等をして株式の価値がなくなった場合にも、3年間の損失繰越ができます。
株式の取得方法ごとの流れ
エンジェル税制における株式の取得方法には、「直接投資」「認定投資事業有限責任組合(LPS)経由による取得」「認定少額電子募集取扱業者(ECF)の電子募集取扱業務による取得」の3種類があります。いずれの場合も、個人投資家は確定申告を行ってください。
それぞれの概要と流れを確認しましょう。
直接投資
個人投資家が、スタートアップに直接投資します。これには、民法上の組合または投資事業有限責任組合経由のものも含まれます。
■投資の流れ |
---|
①スタートアップが都道府県へ、事前確認申請を行う ②個人投資家はスタートアップへ投資し、スタートアップは都道府県へ確認申請を行う ➂スタートアップは都道府県から確認書の交付を受け、それを個人投資家へ送付する ④個人投資家が確定申告する |
認定投資事業有限責任組合(LPS)経由による取得
経済産業大臣の認定を受けた投資事業有限責任組合(LPS)を通じて、株式を取得します。
■投資の流れ |
---|
①個人投資家は認定LPSへ出資する ②認定LPSがスタートアップへ投資する ➂認定LPSはスタートアップから確認書の発行を受け、それを個人投資家へ交付する ④個人投資家が確定申告する |
認定少額電子募集取扱業者(ECF)の電子募集取扱業務による取得
経済産業大臣の認定を受けた認定少額電子募集取扱業者(ECF)の電子募集取扱業務を通じて、株式を取得します。
■投資の流れ |
---|
①個人投資家は認定ECFを通じて出資する ②認定ECFがスタートアップへ投資する ➂認定ECFはスタートアップから確認書の発行を受け、それを個人投資家へ交付する ④個人投資家が確定申告する |
エンジェル税制の活用事例
経済産業省では、エンジェル税制の活用例が公開されました。ここでは、そのうちのいくつかを紹介します。
①子会社を設立し、有料老人ホームを開設
経営する建設業の資材置き場を活用して、子会社B社を設立。有料老人ホームの運営を開始しました。この例では、親会社の社長がエンジェル税制の対象です。
出資比率 | ・資本金…2000万円 ・親会社…55% ・親会社社長…45% |
親会社社長の総所得金額 | 2000万円 |
投資額 | 900万円 |
所得税控除対象投資額 | 691万8000円 |
節税効果 | ・投資しなかった場合の所得税額 404万7600円 ・投資後の所得税額 176万4660円 |
減税額 | 約228万円の減税 |
②商店街で、若者向けブティックを誘致
商店街の若者向け店舗ラインナップを拡充するため、若者向けブティック開業予定者が会社を設立。その際、商店街の主要メンバー13人が出資しました。この例では、商店街の主要メンバーがエンジェル税制の対象です。
出資比率 | ・資本金…1000万円 ・ブティック開業予定者…35% ・商店街主要メンバー各…5% |
商店街主要メンバーの総所得金額 | 600万円 |
投資額 | 50万円 |
所得税控除対象投資額 | 49万8000円 |
節税効果 | ・投資しなかった場合の所得税額 34万8500円 ・50万円投資した場合の所得税額 24万8900円 |
減税額 | 約10万円の減税 |
➂共同で、地域ブランド製品を製造するむらおこし企業の設立
地方自治体、漁協、水産加工業者、民宿、食品販売業者が連携し、地域ブランド製品を製造する海産加工食品を設立。この例では、水産加工業者、民宿、食品販売業者等14人がエンジェル税制の対象です。
出資比率 | ・資本金…2000万円 ・地方自治体、漁協各…15% ・水産加工業者、民宿、食品販売業者等各…5% |
水産加工業者の総所得金額 | 550万円 |
投資額 | 100万円 |
所得税控除対象投資額 | 99万8000円 |
節税効果 | ・投資しなかった場合の所得税額 26万8500円 ・100万円投資した場合の所得税額 15万7000円 |
減税額 | 約12万円の減税 |
エンジェル税制の今後の展望と課題
政府は2022年を「スタートアップ創出元年」とし、スタートアップに対する投資の拡大を目指してきました。同年末に発表された「スタートアップ育成5か年計画」では、今後5年間でその数を10倍に増やすことも名言されています。
スタートアップでは、資金調達が大きな課題のひとつです。帝国バンクの調査 では、設立1年目のスタートアップ企業の平均自己資本比率は92.0%と高位にあることがわかりました。いっぽうで、設立年の平均資本金額は2760万円です。
参考:帝国データバンク
これは2年目の平均資本金額である1億4620万円の4分の1以下です。金融機関からの融資を受けやすくなる2年目まで、スタートアップは十分な資金を調達することが難しいことがわかります。
前述のとおり、個人の投資への関心は高まりつつあります。特に若い世代では、投資に積極的な人も増えている傾向です。エンジェル税制は社会的需要に合わせ、適用範囲の拡大や要件の緩和が行われてきました。こうした動きは、今後も続くことが予想されます。
しかし、エンジェル投資は一般の個人投資家にとってはあまりなじみのない制度です。起業したばかりの企業は実績も少なく、個人投資家にとっては利益が出るかどうかの見極めが難しいことも普及の妨げとなっているのかもしれません。
エンジェル税制をはじめとした優遇措置は、エンジェル投資への関心が高まることで、その真価を発揮します。今後は一般の個人投資家へエンジェル投資をどう普及させるかが、スタートアップへの投資を増やすポイントとなりそうです。
まとめ
コロナ禍を経て、社会は大きく変わりました。働き方や生活の変化は、新しいニーズを生み出します。
スタートアップは、社会にイノベーションをもたらすものとして期待されています。それに投資するエンジェル投資は、社会全体を変える力を育むものです。
エンジェル税制を上手に活用し、スタートアップに投資することで、変化する時代を支えていきましょう。