企業の本社移転は近年、首都圏と地方の双方向で活発に動いています。民間調査では首都圏から地方へ転出した企業は5年連続で300社を超える一方、2025年は首都圏への転入が363社と転出325社を上回り、5年ぶりの転入超過となりました。こうしたなか、国は2026年度(令和8年度)税制改正で「地方拠点強化税制」を延長・拡充し、各自治体もサテライトオフィス開設補助金を拡充するなど、地方への拠点誘致を後押ししています。
一方で、自治体が独自に設けるサテライトオフィス開設補助金は制度名や要件が頻繁に変わり、「どこで、いくら、何に使えるのか」を横断的に把握するのは簡単ではありません。
この記事では、地方にサテライトオフィスや地方拠点を開設する際に活用できる支援制度を、「国の税制」「都道府県」「政令市」「市町村」「お試し制度」の順に整理しました。地方進出を検討している経営者・総務担当の方は、候補地選びの材料としてぜひご活用ください。
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この記事の目次
地方にオフィス・拠点を開設するメリット
まず、地方進出のメリットを整理しておきましょう。
オフィス賃料と人件費を抑えられる
東京都心のオフィス賃料は1坪あたり2万円を超える水準が続いています。地方都市なら同じ面積を数分の一のコストで確保できるため、浮いた固定費を採用や設備投資に回せます。
BCP(事業継続)とリスク分散
本社機能の一部を地方に置くことで、災害やインフラ障害が発生した際にも業務を止めない体制を構築できます。
UIJターン人材の確保と多様な働き方
地元で働きたい若手や、子育て・介護を機に地方移住を考える人材を採用しやすくなります。職住近接で通勤負担が減ることは、既存社員の定着にもつながります。
補助金と税制優遇を組み合わせられる
国の税制と自治体の補助金は原則として併用できます。さらに、市町村の補助金は都道府県の制度と併用可能なケースが多く、「国の減税+県の補助金+市の補助金」という三層での活用も可能です。
一方、デメリットとしては、都市部の顧客や取引先との対面機会が減ること、人材層が都市部より薄い業種があることが挙げられます。以上を踏まえ、具体的な支援制度を見ていきましょう。
主な支援制度の早見表
| 制度名 | 実施主体 | 主な対象 | 上限額・内容 | 補助率 |
|---|---|---|---|---|
| 地方拠点強化税制 | 国(内閣府) | 本社機能の地方移転・拡充 | 建物等取得額の最大8%税額控除 または最大25%特別償却 (区分により異なる) | ― |
| とっとり先駆型ラボ誘致・育成補助金 | 鳥取県 | 先駆的事業を行う県外事業者 | 事前調査型30万円+オフィス設置型200万円 | 1/2 |
| 立地交付金 | 福岡市 | 市内に新規進出する事業者 | 最大10億円(分野別) | ― |
| サテライトオフィス等設置推進補助金 | 奈良市 | IT・クリエイティブ企業 | 最大600万円 | 1/2 |
| オフィス等開設支援事業補助金 | 生駒市 | 多様な働き方を推進する事業者 | 最大100万円 | 1/2 |
| サテライトオフィス設置・スタートアップ進出推進事業費補助金 | 米沢市 | 市外企業・スタートアップ | 整備費等200万円+賃借料100万円 | 1/2 |
| 企業移転・サテライトオフィス設置支援事業 | 茅ヶ崎市 | 市外から移転・設置する事業者 | 最大100万円+雇用補助 | ― |
※2026年8月時点の情報です。最新の公募状況は各自治体のページでご確認ください。
国の制度「地方拠点強化税制」
地方拠点強化税制は、企業が本社機能を東京23区から地方へ移転する場合(移転型)や、地方にある拠点を拡充する場合(拡充型)に、法人税等の優遇を受けられる国の制度です。地域再生法に基づき、都道府県知事から「地方活力向上地域等特定業務施設整備計画」の認定を受けることが前提となります。
対象となる施設
対象は「特定業務施設」と呼ばれる次の施設です。一般的な生産・販売拠点(工場、店舗、地域を管轄する営業所など)は原則対象外です。
・事務所(調査・企画、情報処理、研究開発、国際事業、情報サービス事業、その他管理部門、商業・サービス事業部門の一部)
・研究所
・研修所
・上記に併設する子育て関連施設(保育所・学童等。令和6年度改正で追加)
2026年度(令和8年度)改正のポイント
令和8年度税制改正により、制度は次のように見直されました。
・適用期限を2年間延長(令和10年(2028年)3月31日まで)
・オフィス減税の税額控除率等を引き上げ。一定の投資規模・雇用増の要件を満たす場合の上乗せ措置が拡充され、移転型は税額控除8%、拡充型は税額控除5%・特別償却20%に
・中古物件の購入、およびその購入に伴う改修が対象に追加(購入を伴わない改修のみは対象外)。空きビルを取得して拠点整備するケースで活用しやすくなりました
・雇用促進税制は令和8年3月31日の適用期限をもって廃止され、雇用増の要件はオフィス減税の上乗せ措置に組み込まれました
・中小企業者以外の取得価額要件は4,500万円以上に引き上げ(中小企業者は2,500万円以上)
税額控除率・特別償却率の一覧
税率は移転型・拡充型の区分と、新築か中古かで異なります。
| 取得の形態 | 事業区分 | 税額控除 | 特別償却 |
|---|---|---|---|
| 新築・増築・新築物件の購入 | 移転型 | 7%(上乗せ要件充足で8%) | 25% |
| 新築・増築・新築物件の購入 | 拡充型 | 4%(上乗せ要件充足で5%) | 15%(上乗せ要件充足で20%) |
| 中古物件の購入(購入に伴う改修を含む) | 移転型 | 4% | 15% |
| 中古物件の購入(購入に伴う改修を含む) | 拡充型 | 2% | 10% |
※上乗せ措置は新築等で取得した場合のみ対象で、中古物件には適用されません。税額控除額は法人税額の20%が上限です。賃借のみの場合はオフィス減税の対象外となります。
中古物件の購入が対象に加わったことで、地方都市の既存オフィスビルを取得してサテライトオフィスを整備するケースでも活用しやすくなっています。
適用までの流れ
①進出先の都道府県に事前相談
②「地方活力向上地域等特定業務施設整備計画」を作成し、都道府県知事の認定を受ける
③認定後に施設を取得・整備
④確定申告時に税額控除または特別償却を適用
認定は建物の着工前(中古物件の場合は取得前)に受ける必要があるため、物件契約より先に都道府県へ相談することが重要です。
都道府県の支援制度「鳥取県 とっとり先駆型ラボ誘致・育成補助金」
先駆的な事業に取り組む県外事業者の鳥取県進出を、事前調査からオフィス設置まで最長3年にわたって段階的に支援する制度です。県内市町村の支援制度との併用も可能です。
【補助対象者】
製造業、自然科学研究所、ソフトウェア業、デザイン・機械設計業、コンテンツ企画制作業、情報処理・提供サービス業、地域課題解決に資する事業等のうち、先駆的事業を行う県外事業者
※県内企業・団体等と連携して事業を実施することが要件
【支援内容】
| 区分 | 対象経費 | 上限額 | 補助率 | 期間 |
|---|---|---|---|---|
| 事前調査型 | 交通費、委託費、県内企業等と行う共同調査費、通信費 等 | 30万円 | 1/2 | 最長1年 |
| オフィス設置型 | 事業所改修・賃借費、機器設備取得・賃借費、通信費、セキュリティ対策費、交通費、共同研究費、光熱水費 等 | 200万円 | 1/2 | 最長2年 |
事前調査型からオフィス設置型へ順に活用するほか、オフィス設置型のみの利用も可能です。
市町村のサテライトオフィス開設補助金
福岡市 立地交付金
九州の中枢都市である福岡市は、市内に新たに進出する事業者に対して「立地交付金」を交付しています。研究開発用オフィス、コールセンター、本社機能、物流関連業、都市型工業、グローバルビジネスの6分野に分かれ、賃料・雇用・土地建物取得に対して交付されます。
【交付金の概要】
| 区分 | 交付内容 |
|---|---|
| 賃料 | 年間賃借料の1/4〜1/8(分野・規模により上限1,500万円〜1億円) |
| 雇用 | 福岡市民を正社員で雇用した場合1人あたり50万円(本社機能は100万円)、市民以外10万円 |
| 土地・建物取得 | 投資額の2.5〜10%(上限最大10億円) |
申請前の「事前協議」が必須です。研究開発用オフィスなら延床面積60㎡・常用雇用3人以上から対象になるため、中小企業のサテライトオフィスでも活用の余地があります。
コースごとの詳しい要件や交付額、申請フローは以下の記事で解説しています。
詳しくはこちら:福岡市への企業進出を支援する立地交付金とは【最大10億円】
奈良県 奈良市 サテライトオフィス等設置推進補助金
IT・クリエイティブ企業が奈良市に新たにサテライトオフィスを設置する際の初期投資を、最大600万円まで支援する制度です。市のサイトでは「企業立地コンシェルジュ」が進出をサポートすると案内されています。
| 主な要件 |
|---|
| ・奈良県内に本社および事業所がない企業(市内コワーキングスペースや奈良市認定シェアオフィスの個室からの移転は可) ・交付申請時点で3年以上継続して事業を行い、従業員を5人以上雇用している企業 ・IT・クリエイティブ企業(情報通信業、デザイン業、AI・IoT等のデジタル技術を活用した事業所、本社機能業務を行う事業所) ・3年以上の操業継続が見込まれ、市の企業誘致広報に協力すること |
| 対象経費 |
| ・開設費:設計費、工事費、設備投資費、什器・機器導入費、改修中の賃借料、求人広告費 等 ・運営費:開業後の賃借料(賃借料は改修中・開業後あわせて最大7か月) |
| 補助額 |
| 上限額:1事業者あたり最大600万円 補助率:1/2 |
奈良市認定シェアオフィスの個室への入居も対象。シェアオフィスから市内オフィスビルへ拡大移転する際に、2回目の補助を受けることもできます(1回目の交付額を上限から控除)。
物件の契約締結後1か月以内に交付申請が必要なため、奈良市役所 産業政策課 企業誘致係(TEL 0742-34-4741)へ事前に相談してください。
奈良県 生駒市 オフィス等開設支援事業補助金
大阪中心部まで20分という立地の生駒市が、多様な働き方を推進するオフィスを新設・増設する事業者に最大100万円を交付する制度です。以前は「サテライトオフィス等開設支援事業補助金」という名称で市外事業者のみが対象でしたが、現在は市内事業者の増設も対象に広がっています。
| 主な要件 |
|---|
| ・生駒市内に多様な働き方を推進するオフィス等を新設または増設する事業者 ・市内外を問わず事業を行い、1人以上の従業員を雇用している事業者 ・新設・増設するオフィスに、生駒市内に現住所を有する従業員を1人以上配置すること ・生駒市での仕事や暮らしぶりをホームページやSNS等で定期的に情報発信すること ※コワーキングスペースや貸事務所としての利用、住居兼用などは対象外 |
| 対象経費 |
| 施設整備経費、設備投資費、機器導入費、求人広告・人材紹介費などの開設経費、賃借料などの運営経費 |
| 補助額 |
| 上限額:100万円 補助率:1/2 |
令和8年度は5月18日〜7月24日に受付(終了)。先着順ではなく、事業計画・地域貢献・働きやすさ等の審査項目で加点採点のうえ交付決定されます。例年5月〜7月頃に募集されるため、来年度の進出を検討している企業は早めに計画を準備しておきましょう。市のテレワーク&インキュベーションセンター「イコマド」への入居も対象です。
神奈川県 茅ヶ崎市 企業移転・サテライトオフィス設置支援事業
首都圏近郊でありながら湘南の生活環境を備えた茅ヶ崎市が、市外から本社移転または支社・サテライトオフィスを設置する事業者を支援する制度です。東京からの通勤圏で「まずは近場で拠点分散を試したい」企業に向いています。
| 主な要件 |
|---|
| 市外から茅ヶ崎市内の事務所に本社移転または支社・サテライトオフィスを設置する事業者 ※市内に所在し、新たに購入または賃貸する事務所で、コワーキングスペース等の共用事務所や住居兼用でないこと 等 |
| 補助額 |
| ・立地奨励補助金:設置費用の一部、最大100万円 ・雇用・転入補助:移転・設置に伴い茅ヶ崎市民を正社員として新規雇用した場合、または社員が茅ヶ崎市に転入した場合、1人あたり5万円(最大50万円) |
令和3年度開始の制度で、活用企業の事例が市のページで紹介されています。詳細は市の産業振興担当課へお問い合わせください。
まず試したい企業向け:お試しサテライトオフィス補助金
いきなり拠点を構えるのではなく、短期間その地域で働いてみてから判断したい、という企業向けの制度もあります。総務省が「お試しサテライトオフィス」として自治体の取り組みを後押ししており、交通費・宿泊費・コワーキングスペース利用料を補助する自治体が全国に広がっています。
| 自治体・制度名 | 主な内容 |
|---|---|
| 三重県志摩市 お試しサテライトオフィス補助金 | 三重県外に本店を持ち、市内への拠点設置に関心のある企業が対象。市内のサテライトオフィス施設で3日以上お試し勤務する際の交通費・宿泊費・ワークスペース利用料を補助 |
| 長崎県長崎市 サテライトオフィス等トライアル事業費補助金 | 滞在期間のうち市内のコワーキングスペース等を3日以上利用することが要件。事業実施前の交付申請が必要 |
いずれもアンケートや取材への協力が条件になっていることが多く、自治体側も進出候補企業との接点づくりを目的としています。本格進出前の現地調査費として活用すると、鳥取県の「事前調査型」と同様の使い方ができます。
申請時の注意点
事前相談・事前協議が必須の制度が多い
今回紹介した制度のほとんどが、申請前に担当課への事前相談を求めています。福岡市の立地交付金や地方拠点強化税制は「事前協議」「計画認定」が要件であり、これを飛ばすと制度自体が使えません。
物件契約・着工の前に動く
補助金は原則として交付決定後に発生した経費が対象です。奈良市のように「契約後1か月以内に申請」という例外もありますが、交付決定前の契約・着工は対象外になるケースが一般的です。候補物件が見つかった時点で自治体に連絡しましょう。
補助金は後払い、補助対象は経費の一部
多くの補助金は事業完了後の実績報告を経て支払われます。開設費用はいったん自己資金で立て替える必要があるため、資金繰り計画に織り込んでおいてください。
併用ルールと雇用・継続要件
国と自治体、県と市の制度は併用できることが多い一方、同じ経費に二重に補助を受けることはできません。また「地元住民の雇用」「3年以上の事業継続」「SNS等での情報発信」が要件になっている制度が多く、撤退時には返還を求められる場合もあります。
よくある質問
国の税制と自治体の補助金は併用できる?
原則として併用できます。ただし同じ経費に二重で補助を受けることはできないため、自治体側で国の助成額を控除して補助額を算定するのが一般的です。
中古ビルに入居する場合も地方拠点強化税制の対象になる?
令和8年度改正で中古物件の購入と、その購入に伴う改修が対象に追加されました(税率は新築より低く設定)。購入を伴わない改修のみや、賃借のみの場合はオフィス減税の対象外なので、事前に都道府県へ確認してください。
物件を契約してから補助金を申請しても間に合う?
多くの制度では交付決定前の契約・着工は対象外です。奈良市のように契約後1か月以内の申請を認める例もありますが、候補物件が決まった時点で自治体に相談するのが安全です。
まとめ
地方にサテライトオフィスや拠点を開設する際は、国の「地方拠点強化税制」で建物取得の税負担を抑えつつ、進出先の都道府県・市町村の開設補助金で初期費用を補う、という組み合わせが基本になります。2026年度改正で税制の対象に中古物件の購入が加わったことで、地方都市の既存ビルを取得して拠点整備する選択肢も広がりました。
自治体の制度は年度ごとに名称や要件が変わります。本記事で紹介した生駒市や米沢市のように、対象が拡大されるケースもあるため、候補地が決まったら必ず最新の公募情報を確認し、早めに担当課へ相談してください。
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