今年の最低賃金の全国平均引き上げ額は、過去最大の51円を記録し、平均時給は1055円となりました。最低賃金の上昇は、労働者の生活向上につながる一方、労働市場には依然として課題が残されています。
特に、2040年を目前に控え、生産年齢人口の大幅な減少や人手不足といった問題は、社会全体に深刻な影響を及ぼしています。このような状況下では、フルタイムの労働者だけでなく、短時間労働者も含めた全ての働き手が希望する形で活躍できる環境の整備が急務です。
本記事では、短時間労働者が「年収の壁」を意識せず、安心して働ける環境を整備するために政府が進める「年収の壁・支援強化パッケージ」の取り組みを解説します。
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この記事の目次
年収の壁とは
日本の労働市場においては、「年収の壁」として知られる一定の収入ラインがあり、その境界を越えると社会保険料の負担や特定の手当ての喪失といった、金銭的な損失を招く可能性が出てきます。このため、手取り収入が減少するといったリスクを避ける目的で、就業調整をしている労働者が少なくありません。事実、社会保険料の負担がない配偶者層の約4割が就業しており、その中の一定数がこの「壁」を意識して労働時間や収入を調整していることが厚生労働省の調査で示されています。
出典:「年収の壁」への当面の対応策
年収の壁一覧
年収の壁は1つではありません。以下のような「壁」が存在します。
壁の種類 | パートタイム労働者本人への影響 | |
①税金が関わる壁 | 100万円の壁 | 住民税の発生 |
103万円の壁 | 住民税の発生、所得税の発生 | |
150円の壁 | 住民税の発生、所得税の発生 | |
201万円の壁 | 住民税の発生、所得税の発生 | |
②社会保険に関わる壁 | 106万円の壁 | 勤め先によって社会保険加入の対象になる。健康保険・厚生年金保険の保険料の支払いが発生 |
130万円の壁 | 上記以外の勤め先の場合に、国民年金・国民健康保険の保険料の支払いが発生 | |
③配偶者手当に関わる壁 | 主に103万円or 130万円の壁 | (配偶者が、配偶者手当等の対象外になる) |
これらの壁は、短時間労働者が収入増加をためらう原因となっています。
政府は2023年10月から、パートやアルバイトの人が「年収の壁」を気にせず働けるようにするため、「年収の壁・支援強化パッケージ」を開始しました。この施策は、特に「②社会保険に関わる壁」である「106万円の壁」と「130万円の壁」の問題に対応するものです。
【年収の壁・支援強化パッケージ】106万円の壁への対応
106万円の壁への対応として以下の2つの支援策があります。
①キャリアアップ助成金のコースの新設
②社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外
キャリアアップ助成金のコースの新設
短時間労働者が被用者保険に新たに加入することは、その労働者のキャリアアップや処遇改善に寄与するだけでなく、企業の人材確保にも繋がると言われています。実際、年収の壁を超えることでの労働者の保険料負担を補助する企業の取り組みにより、短時間労働者がより中心的な役割を果たし、企業の生産性が向上したケースも確認されています。
こうした背景を受けて、短時間労働者が被用者保険に新たに加入する際のサポートとして、キャリアアップ助成金のコース新設が進められています。このコースでは、新たに被用者保険の適用となる短時間労働者の収入を増加させた事業主に対し、一定期間助成(最大50万円/労働者1人当たり)の助成が行われます。
助成対象となる取り組みは、通常の賃上げや所定労働時間の延長のほか、被用者保険への加入による手取り収入の減少を補完するための特別手当(社会保険適用促進手当)を支給する場合も含まれます。
社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外
新たに被用者保険が適用される短時間労働者に対して、事業主が「社会保険適用促進手当」という特別な手当を給与・賞与とは別に支給することが可能となります。この手当は、労働者が新たに保険に加入することによって発生する経済的負担を補助するためのもので、当該手当などにより標準報酬月額・標準賞与額の15%以上分を追加支給した場合は、キャリアアップ助成金の対象として認められる可能性があります。
さらに、労働者と事業主の保険料負担を軽減するため、この社会保険適用促進手当は、労働者本人負担分の保険料相当額を上限として、最大で2年間、保険料算定の基礎となる標準報酬月額・標準賞与額の算定に考慮しないとしています。
以下、社会保険適用促進手当についての資料も参考にしてください。
出典:「年収の壁」への当面の対応策
【年収の壁・支援強化パッケージ】130万円の壁への対応
「130万円の壁」への取り組みとしては、事業主の証明による被扶養者認定の円滑・迅速化が進められます。これまで、被用者保険の被扶養者として認定されるためには、その人の年間収入が130万円未満かつ被保険者の収入の2分の1であることが求められていました。しかしこれには問題点があり、例えば一時的な収入増加によって、直近の収入に基づく年収の見込みが130万円を超える場合、その時点で被扶養者としての認定が取り消されるリスクがあったのです。
新しい対応策として、直近の収入だけを基準にするのではなく、総合的に将来収入の見込みを判断するアプローチが取られるようになります。被扶養者の認定時には、従来どおりの給与明細や課税証明書、雇用契約書の確認が行われますが、一時的な収入の増加が生じた場合、その理由を事業主が証明することで、その増加が人手不足に起因する労働時間の一時的な延長などであることが認められ、引き続き被扶養者としての認定が可能となるのです。この対応により、労働者は一時的な収入変動による認定取り消しの不安から解放されることが期待されています。
配偶者手当への対応
配偶者手当とは、企業が配偶者がいる従業員に対して支給する手当のことで、特定の収入要件を満たしている場合に支給されます。しかし、この収入要件が存在することが、短時間労働者の収入増加やフルタイムへの移行を抑制する「年収の壁」を生み出す要因となっており、その結果、労働者が希望する働き方を選択しづらくなっています。
そのため、現在の配偶者手当の仕組みについて見直しを促進する取り組みが進められています。さらに、配偶者手当の現状、つまり、収入要件の存在が就業調整の要因となっていることや、配偶者手当を実施している企業の数が減少傾向にあることなどを、セミナーを通じて説明する取り組みも予定されています。これにより、中小企業団体などを通じて、企業や労働者に正確な情報が伝わり、制度の理解と適切な取り組みが促進されることを目指しています。
まとめ
「年収の壁」は、特定の収入を越えた際に起こる経済的な不利益を指し、特に短時間労働者に影響を及ぼす問題として注目されています。この壁により、多くの労働者が自らの働き方を選択しにくくなっているのが現状です。政府は、この課題に取り組むため「年収の壁支援強化パッケージ」を推進しています。
「106万円の壁」への対応として、キャリアアップ助成金の拡充や、保険料負担を軽減するための社会保険適用促進手当の設置が行われます。「130万円の壁」では、被扶養者の認定を円滑に行うための措置が計画されています。また、配偶者手当に関する課題に対処するため、その見直しを促進する方針が示されています。
これらの施策は、短時間労働者が安心して収入を増やすことができる環境を整備するためのものです。企業も、この支援を通じて人材の確保や生産性の向上を目指すことが期待されます。