今年の最低賃金の全国平均引き上げ額は、過去最大の66円を記録し、平均時給は1121円となりました。最低賃金の上昇は、労働者の生活向上につながる一方、労働市場には依然として課題が残されています。
特に、2040年を目前に控え、生産年齢人口の大幅な減少や人手不足といった問題は、社会全体に深刻な影響を及ぼしています。このような状況下では、フルタイムの労働者だけでなく、短時間労働者も含めた全ての働き手が希望する形で活躍できる環境の整備が急務です。
本記事では、短時間労働者が「年収の壁」を意識せず、安心して働ける環境を整備するために政府が進める「年収の壁・支援強化パッケージ」の取り組みを解説します。
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この記事の目次
年収の壁とは
日本の労働市場においては、「年収の壁」として知られる一定の収入ラインがあり、その境界を越えると社会保険料の負担や特定の手当ての喪失といった、金銭的な損失を招く可能性が出てきます。このため、手取り収入が減少するといったリスクを避ける目的で、就業調整をしている労働者が少なくありません。事実、社会保険料の負担がない配偶者層の約4割が就業しており、その中の一定数がこの「壁」を意識して労働時間や収入を調整していることが厚生労働省の調査で示されています。



出典:「年収の壁」への当面の対応策
年収の壁一覧
年収の壁は1つではありません。以下のような「壁」が存在します。
年収の壁一覧(2025年改正後)
| 壁の種類 | パートタイム労働者本人への影響 | |
| ①税金が関わる壁 | 110万円の壁 | 住民税の発生(従来100万円→110万円に引上げ) |
| 160万円の壁 | 所得税の発生(従来103万円→160万円に引上げ) | |
| 123万円の壁(配偶者控除・扶養控除) | 配偶者が控除の対象外となる(従来103万円→123万円に引上げ) | |
| 201万円の壁 | 住民税・所得税の発生(高所得世帯への影響) | |
| ②社会保険に関わる壁 | 106万円の壁 | 従業員50人以上の企業では社会保険加入対象(将来的に撤廃予定) |
| 150万円の壁 | 大学生年代の被扶養者は130万円→150万円に引上げ | |
| ③配偶者手当に関わる壁 | 主に123万円または130万円の壁 | 配偶者手当の支給対象外になるケースあり |
これらの壁は、短時間労働者が収入増加をためらう原因となっています。
政府は2023年10月から、パートやアルバイトの人が「年収の壁」を気にせず働けるようにするため、「年収の壁・支援強化パッケージ」を開始しました。この施策は、特に「②社会保険に関わる壁」である「106万円の壁」と「130万円の壁」の問題に対応するものです。
【年収の壁・支援強化パッケージ】106万円の壁への対応
106万円の壁への対応として以下の2つの支援策があります。①キャリアアップ助成金のコースの新設
②社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外
キャリアアップ助成金のコースの新設
短時間労働者が被用者保険に新たに加入することは、その労働者のキャリアアップや処遇改善に寄与するだけでなく、企業の人材確保にもつながります。実際、年収の壁を超えることでの労働者の保険料負担を補う企業の取り組みにより、短時間労働者がより中心的な役割を担い、生産性向上につながった事例も確認されています。
こうした背景を踏まえ、2025年(令和7年)7月1日から、キャリアアップ助成金に「短時間労働者労働時間延長支援コース」が新設されました。本コースは、「年収の壁」への対応として、現行の「社会保険適用時処遇改善コース(労働時間延長メニュー)」の要件を見直し、助成額を拡充した制度です。
このコースでは、社会保険の適用となる短時間労働者の週所定労働時間を延長し、賃金を引き上げた事業主に対して、1人あたり最大75万円が助成されます(小規模企業の場合)。
労働時間の延長や賃金増額の組み合わせに応じて助成額が異なり、たとえば「週5時間以上延長」で50万円(小規模企業の場合)が支給されるほか、複数年にわたり労働時間を段階的に延長した場合にも対象となります。
また、既に「社会保険適用時処遇改善コース(労働時間延長メニューまたは併用メニュー)」の計画届を提出している事業主も、要件を満たす場合には新コースへ切り替えて申請することが可能です。
対象となるのは、社会保険加入日の6か月前から継続して雇用され、加入要件を満たさない条件で働いていた労働者です。
助成金を受けるには、事業開始前日までにキャリアアップ計画書を都道府県労働局へ提出し、取り組みを6か月間継続したのち、2か月以内に支給申請を行う必要があります。
なお、社会保険加入に伴い手取り収入が減少する場合には、企業が「社会保険適用促進手当」を支給する取り組みも併用可能です。これにより、短時間労働者が「年収の壁」を意識せず働ける環境づくりが進められています。
社会保険適用促進手当の標準報酬算定除外
新たに被用者保険が適用される短時間労働者に対して、事業主が「社会保険適用促進手当」という特別な手当を給与・賞与とは別に支給することが可能となります。この手当は、労働者が新たに保険に加入することによって発生する経済的負担を補助するためのもので、当該手当などにより標準報酬月額・標準賞与額の15%以上分を追加支給した場合は、キャリアアップ助成金の対象として認められる可能性があります。
さらに、労働者と事業主の保険料負担を軽減するため、この社会保険適用促進手当は、労働者本人負担分の保険料相当額を上限として、最大で2年間、保険料算定の基礎となる標準報酬月額・標準賞与額の算定に考慮しないとしています。
以下、社会保険適用促進手当についての資料も参考にしてください。

出典:「年収の壁」への当面の対応策
【年収の壁・支援強化パッケージ】130万円の壁への対応
「130万円の壁」への取り組みとしては、事業主の証明による被扶養者認定の円滑・迅速化が進められます。これまで、被用者保険の被扶養者として認定されるためには、その人の年間収入が130万円未満かつ被保険者の収入の2分の1であることが求められていました。しかしこれには問題点があり、例えば一時的な収入増加によって、直近の収入に基づく年収の見込みが130万円を超える場合、その時点で被扶養者としての認定が取り消されるリスクがあったのです。
新しい対応策として、直近の収入だけを基準にするのではなく、総合的に将来収入の見込みを判断するアプローチが取られるようになります。被扶養者の認定時には、従来どおりの給与明細や課税証明書、雇用契約書の確認が行われますが、一時的な収入の増加が生じた場合、その理由を事業主が証明することで、その増加が人手不足に起因する労働時間の一時的な延長などであることが認められ、引き続き被扶養者としての認定が可能となるのです。この対応により、労働者は一時的な収入変動による認定取り消しの不安から解放されることが期待されています。
配偶者手当への対応
配偶者手当とは、企業が配偶者がいる従業員に対して支給する手当のことで、特定の収入要件を満たしている場合に支給されます。しかし、この収入要件が存在することが、短時間労働者の収入増加やフルタイムへの移行を抑制する「年収の壁」を生み出す要因となっており、その結果、労働者が希望する働き方を選択しづらくなっています。
そのため、現在の配偶者手当の仕組みについて見直しを促進する取り組みが進められています。さらに、配偶者手当の現状、つまり、収入要件の存在が就業調整の要因となっていることや、配偶者手当を実施している企業の数が減少傾向にあることなどを、セミナーを通じて説明する取り組みも予定されています。これにより、中小企業団体などを通じて、企業や労働者に正確な情報が伝わり、制度の理解と適切な取り組みが促進されることを目指しています。
まとめ
「年収の壁」は、特定の収入を越えた際に起こる経済的な不利益を指し、特に短時間労働者に影響を及ぼす問題として注目されています。この壁により、多くの労働者が自らの働き方を選択しにくくなっているのが現状です。政府は、この課題に取り組むため「年収の壁支援強化パッケージ」を推進しています。
「106万円の壁」への対応として、キャリアアップ助成金の拡充や、保険料負担を軽減するための社会保険適用促進手当の設置が行われます。「130万円の壁」では、被扶養者の認定を円滑に行うための措置が計画されています。また、配偶者手当に関する課題に対処するため、その見直しを促進する方針が示されています。
これらの施策は、短時間労働者が安心して収入を増やすことができる環境を整備するためのものです。企業も、この支援を通じて人材の確保や生産性の向上を目指すことが期待されます。


